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0点だけではあんまりだ、というので、10点のアルバムもご紹介しましょう。中村とうようが「ミュージック・マガジン」誌の名物コーナー「クロス・レヴュー」で最高点の10点をつけたレコード達です。
0点の時と同じく、表記は当時のままです。また数が多いので、寸評は省略。
なお、とうよう氏は今日(7月21日)に死去しました。自殺、と報じられています。亡くなる前にこれ書いておけば良かった。そんなつもりはないのに、なんか追悼記事みたいになっちゃいました。
- 1981年
- 美は乱調にあり/キャプテン・ビーフハート・アンド・ザ・マジック・バンド
- 孤独の影/ジャパン
- フォー・ハウ・マッチ・ロンガー・ドゥ・ウィ・トルレイト・マス・マーダー?/ザ・ポップ・グループ
- ブッシュ・オブ・ゴースツ/デイヴィッド・バーン & ブライアン・イーノ
- ハーレム・ノクターン/ザ・ラウンジ・リザーズ
- ベル・エキセントリック/加藤和彦
- ブラック・プレジデント/フェラ・クティ
- (フューの「PHEW」に、みんな低得点の中一人9点をつけてるのが目につきます。)
- 1982年
- フリー・ランシング/ジェームス・ブラッド・ウルマー
- ウィー・アー・タイム/ザ・ポップ・グループ
- …ん?WAS (NOT WAS) (4人の合計38点)
- ドクター・ヘックル・アンド・ミスター・ジャイブ/ピッグバッグ
- おもしろ音楽大集合(1) ルイ・ジョーダン
- 龍革命/龍(ドラゴンズ)
- スティル・ライフ/ザ・ローリング・ストーンズ
- NUDE MAN/サザンオールスターズ
- ジ・アンヴォイ(外交使節)/ウォーレン・ジヴォン
やはり0点作に比べると数が多いですね。続いて1983年です。
ところで、「なぜあの名盤×××が10点じゃないんだ?とうようの耳はどうなってるんだ?」と疑問を持たれる方もいらっしゃるかと思うので「クロス・レヴュー」の傾向について補足。
まず、すべてのアルバムがとりあげられるわけではありません(そんなの不可能です)。ピックアップされるのは毎月7枚。そして、「誰もが認める安定した出来の作品」よりも「賛否が割れそうな問題作」がより取り上げられています(特に80年代は)。あと、ミュージック・マガジン誌がプッシュしたい作品優先、というのも(もちろん)ありますね。だから、「なんであれが10点じゃない…」というのは、そもそもクロス・レヴューの闘技場に登場していない可能性があります。(もちろん、世間的な評価が高くとも氏が「これはアカン」としたものもありますが)
また、「0点の歴史」にも書きましたが、このレヴューはアルバムの評価を読むというよりは、「このアルバムを評価した評論家たちを並べて読者が評価する」ことを楽しむものでもあります。(ですから、この記事のようにアルバムタイトルだけをずらずら紹介するのは本当は不適当かも知れません)
そういうことを踏まえてお読みください。
- 1983年
- ナイルのうた ハムザの世界/ハムザ・エル=ディン
- ブラック・ロック/ジェームス・ブラッド・ウルマー
- スウィングしなけりゃ意味ないね/ディック・ミネ (同じ月に「スリラー」に0点)
- ソウェト/New Lucky Boys and others
- トラブル・イン・パラダイス/ランディ・ニューマン
- 俺がマルコムだ!/マルコム・マクラレン (ただし次作は0点)
- 綺麗/サザンオールスターズ
- シンクロ・システム/キング・サニー・アデ (3人10点、合計39点)
- 1984年
- 愉快にライフボート・パーティ/キッド・クレオール & ザ・ココナッツ
- モージョ・ハンド/ライトニン・ホプキンス
- オーラ/キング・サニー・アデ (合計38点)
- 1985年
- 歌うのなんて好きじゃない/ザ・カーラ・ブレイ・バンド
- 奴らか? 俺たちか?/フランク・ザッパ
- ダンドゥットの女王/エルフィ・スカエシ (合計37点)
- キューピッド & サイケ85/スクリッティ・ポリッティ
- フィッシュボーン/フィッシュボーン
- ストップ・メイキング・センス/トーキング・ヘッズ (注:ヴィデオ作品です)
- 1986年
- インドネシア・シリーズ(6) 魅惑のクロンチョン・ビート
- パレード/プリンス & ザ・レヴォリューション (合計37点)
- SO/ピーター・ガブリエル (合計37点)
プリンスの「パレード」に、「すぐに連想したのがレノンの『ジョンの魂』だった」などと記すあたりが印象深いです。いわゆるワールド系も増えてきます。さて、あとすこし。
- 1987年
- マルディ・グラ・イン・モントルー/DDBB
- ネルソン・マンデーラ/ユッスー・ンドゥール (合計37点)
- クリスタル・ナハト/パンタ
- センティメンタル・ハイジーン/ウォーレン・ジヴォン
- 1988年
- ブルガリアン・ヴォイス (合計38点。4ADから出た最初のコンピ盤です)
- ライ・クーダー/ゲット・リズム
- ライヴ・ベスト/ティナ・ターナー
- SORO/サリフ・ケイタ (合計38点)
- 1989年
- ライヴ・ライヴ・ジュジュ/キング・サニー・アデ
- ウォーターマーク/エンヤ
- ブルガリアン・ポリフォニーI/フィリップ・クーテフ・ブルガリア国立合唱団
以上47作品。0点レコードよりは若干インパクトに欠けます。まあそれは仕方がない。
当時は10点つけたけど後に厳しく批判したものもあるのは面白い。あと、バランスも気にしていたようで「コレに10点つけたかったからサエキくんゴメン」なんて記述もあったりする。サエキくんとは、当時パール兄弟をやっていたサエキけんぞう。数少ない日本人10点のチャンスだったのにねえ。
9点のやつにも面白いのはたくさんあるのだけれど、あまりに多くなりすぎるのでやめます。気になる方、またとうよう氏がどんな風に評しているか知りたい方は現物に当たって下さい。
MUSIC MAGAZINE増刊 クロス・レヴュー 1981-1989
ミュージックマガジン 2010-09-13
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とうようさんありがとうございました。
MUSIC MAGAZINE (ミュージックマガジン) 2011年 10月号 追悼・中村とうよう
ミュージックマガジン 2011-09-20
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ミュージック・マガジン増刊 中村とうようアンソロジー [雑誌]
中村 とうよう
ミュージックマガジン 2011-09-17
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ミュージック・マガジンの10月号は中村とうよう追悼特集。アンソロジーは、彼がマガジン誌で書いてきた原稿のセレクション。収録内容はミュージックマガジンの公式サイトをご参照。






ミュージックマガジンはニューミュージックマガジンだった頃から愛読していましたが、中村とうようさんがワールドミュージックに傾倒していった頃からついていけなくなりました。70年代後半からメジャーになったヒップホップによる音楽の再構築はとても衝撃的で、特にパブリックエネミーは他と一線を画した凄いグループだったのですが、とうようさんは拒否反応を示していたんですね。そういえばシティロードも愛読していました。
クロスレビューの本は知りませんでした。情報ありがとうございます。私が最も音楽(マイナーなものだけ)を聴いていた80年代が中心なので楽しめそうです。
原田芳雄、中村とうようと巨星の訃報が続いてショックな週でした。お2人とも安らかに。
0点の中にはけっこう好きなミュージシャンも含まれてますが、彼らしい評価だなと思うだけですね、改めて読み返してみても。
中村とうよう氏には、いろんな意味で影響を受けてきただけに、ほんとうにショックが大きいです。
「ニューミュージックマガジン」誌は創刊号から愛読しておりました。彼の見識にはいつも勉強させられていましたし、編集長を退かれた後もその活動には常に注目していました。
「収集百珍」も彼の趣味嗜好がよくわかり、大好きな一冊です。
今はただご冥福をお祈りするばかりです。
共に亡くなって初めて自分がどのくらい
影響を受けていたのか分かりました。
ワールドミュージックのミュージシャンが
多数来日していた頃、たまたま席が隣りになって、
氏が、のりのりでコンサートを楽しんで
おられる姿を見て、この人は信用出来ると
思ったことを、悲報を聞いたとき思い出しました。
投稿なんかもしてました。
とうよう氏は左翼の典型で頭が悪い人だと思ってました。
たしか左翼の坂本龍一とも対談してましたね。
一時代を築いた人でしたが、後世に残るような人ではないでしょう。
合掌
10点は10点満点中の最高点でったんですね。
昔はクロスレビューで無くて一人1枚ずつ百点満点で採点していました。
私が記憶している中で、中村とうようさんが100点満点をつけたのは1枚だけです。それは岡林信康の「ラブソング」というアルバムです。もし他にもあるなら知りたいのですが。