2005年05月25日

都はるみで総立ち

ここしばらくテレサ・テン美空ひばりと書いてきたけれども、残念ながら私は彼女たちのステージを体験したことがない。でも、都はるみは実際に見た。凄かった。その時のことを。

都はるみは84年の(鈴木健二の「私に1分時間を下さい」の迷言で有名な)紅白歌合戦出演を最後に引退していたが、90年に歌手活動を再開する。
その後の活動は、これまでの演歌歌手という枠を意図的に壊していくようなものだった。成田の三里塚で野外コンサートを開いたのもそうだが、そのひとつの象徴がWOMAD横浜への出演(91, 92年と連続)だった。

WOMADはピーター・ゲイブリエルが中心となってはじまったワールド・ミュージックのフェスティバル。世界各地で開催され、日本でも91年に横浜みなとみらい地区を会場としてはじまった。「なんでもありのフジ・ロック」を想像したら、当たらずとも遠からずである。初回の91年はまだ会場諸施設は完成前で、なんか足下ぐちゃぐちゃだった記憶がある。今にして思えばバブリーなイベントだった。

全部で3日間開催された91年は都はるみのステージを見ていない。初体験は92年のWOMAD。前年のレビュー記事や、見た人からの「なんかすごいであれは」という話を聞き、日程をやりくりして2日間(92年は2日間に短縮された)両日見に行ったんである。

都はるみは確か、2日目のトリ前の登場だった。若い客層を意識してか、アップテンポな曲中心、ロックアレンジ(!)で押しまくる。「惚れちゃったンだョ」だったかは、マイクスタンドをつかんで振り回す、矢沢永吉ばりのアクションである。ただし衣装は着物で。
そんなこんなで、ラストの「好きになった人」では知らぬ間に観客総立ちである。都はるみで総立ちですよ。あ、都はるみだけを聴きに来ていたと思しき年配の人たちは立たずに「見えないじゃないか」と不満げだったような気もする。

92年のWOMADには、カッワーリーの巨匠、パキスタンのヌスラット・ファテ・アリ・ハーンも出ていた。(彼のコンサートもすごかった。)コンサートのフィナーレで、サンディーが音頭を取って出演者を順次呼び込んでいく。そこでしばらく黙って座っていたヌスラットが突如立ち上がり、ものすごいアドリブをかまして悠々と立ち去るという、まさに伝説的なシーンがあった。
都はるみは先に帰ってしまったのか、その場にいなかった。いやー、あそこで二人のこぶしバトル(笑)でも勃発していたらいったいどうなってただろうかと想像してはつくづく残念に思ったものである。

また機会もあるだろうと期待しているうちに、都はるみのWOMAD出演はこの年限りとなり、WOMAD自体も日本での開催がなくなり、ヌスラットも亡くなってしまった。残念無念。

都はるみはこの後、単独のコンサートにも行った。一緒に行ってくれる人がみつからないので、好きだという母を誘って神戸のホールまで。客層は本来のはるみファンだ(当然)。
WOMADのステージから何年も経っていたが、相変わらずマイクスタンドを蹴っ飛ばしていた。なんだ、あれは特別の演出じゃなかったんだ。いや見所はそこじゃなくって、彼女のうたはやはり素晴らしいのだ。自分の曲でも、他人の曲のカバーでも、その歌詞に込められた感情が聴き手を襲ってくる。まさに圧倒的じゃないか。という感じ。それはWOMADでもソロコンサートでも変わらなかった。

というわけで「フジ・ロック」は、日本最高のソウルシンガー、都はるみに出演オファーを出すべきだと思います。とはいえフジロックは一度も行ったことないんですが、私。

posted by gyogyo6 at 23:39 | Comment(0) | TrackBack(1) | よい音楽(松)
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